不妊治療と仕事、その間にある静かな葛藤。見えない痛みに、気づくやさしさを。
不妊治療のためにSSKCに通う患者さんの話にじっくり耳を傾けるのも私の仕事です。
さまざまな相談の中から、職場における課題についてお話をします。

「良かれと思って」と「悪気はなかった」の向こう側
〜職場で見落とされがちな“静かな傷つき”〜
「良かれと思って」「悪気はなかった」
職場でも、私たちはこの言葉に何度も出会います。
たとえば、不妊治療中の女性がどれほど繊細な状況にあるか、理解されにくい現実があります。
職場での“無意識な圧力”と孤独
不妊治療には、通院、検査、薬の投与、ホルモンバランスの変動、そして精神的なプレッシャーが伴います。
しかし、それらは見た目ではわかりません。仕事を休む理由も「体調不良」「通院」としか言えないことが多く、言えたとしても、十分に理解されるとは限らないのです。
上司や同僚から、こんな言葉をかけられたことがあるかもしれません:
「また病院?そんなに頻繁に?」
「妊活って“そんなに”大変なの?」
「正直、周りにしわ寄せがきてるよね」
「子どもができたら辞めるの?」
言った側には悪気がなかったかもしれません。でも、受け取る側にとっては、心に刺さる一言になってしまいます。
「職場に迷惑をかけている自分が悪いのでは?」と、自己嫌悪に陥る人も少なくありません。
治療だけでも心身が追い詰められる中で、職場では“我慢するしかない”と感じてしまう人が多くいるのです。
「良かれと思って」の落とし穴
ときには、励ましのつもりでかけられる言葉すら、逆効果になることもあります。
「早く赤ちゃんできるといいね!」
「気楽にしてれば、案外できるよ」
「○○さんはあのサプリで妊娠できたって!」
一見、親切そうに見えるこれらの言葉も、「あなたの頑張りが足りない」と言われているように感じることがあります。
「良かれと思って」は、往々にして“その人の価値観”に基づいているため、受け手の心情や背景を見落としてしまうのです。
私たちにできること
不妊治療に限らず、見えない苦しみを抱えて働いている人はたくさんいます。
だからこそ、「知らないこと」を恐れず、「わかったつもり」にならず、次のような姿勢を大切にしたいのです。
✔ プライベートな領域には、そっとしておく勇気
無理に踏み込まず、話したいときに話せる空気を作る。それが本当の配慮です。
✔ 柔軟な制度だけでなく、“空気”も大切に
治療のための休みや時短勤務を制度でサポートするだけでなく、周囲の理解と配慮がなければ意味を持ちません。「お互い様」の気持ちを育てましょう。
✔ 「知らなかった」を責めず、「知った後」の行動を変える
無知は罪ではありません。けれど、それに気づいたとき、自分の言葉や態度を変えていけることこそ、大人のやさしさです。
結びに:職場は「競争の場」ではなく「理解の場」へ
「良かれと思って」「悪気はなかった」——
それが人を傷つけることもある。
職場という場所は、効率や成果だけでなく、「人の尊厳」や「人生の多様さ」が尊重される空間であってほしい。
不妊治療をしている女性が、「申し訳なさ」や「後ろめたさ」に苦しまなくていい社会へ。
私たち一人ひとりの言葉が、その第一歩になるのかもしれません。